第32回 2011年5月

総評

行く春や長患いの姉連れて  山法師
気になる句である。万感の思いがある。

<行く春>は基本季語である。傍題は春の名残・春のかたみ・春の行方・春の別れ・春の果て・春行く・春尽く・春尽・春を送る、春の湊、春の泊、など、際限がないほど。

まさに終わろうとする春で、季節を動いてゆくものとして行く春を惜しむ心を込めて言った。季節の中で春と秋とが(惜しむ)に値するとして,行く<春>行く<秋>とはいうが、行く<夏>行く<冬>とは言わない。とくに春の別れは、艶ななかにも哀愁が籠っていて別れがたさが強調された。
<垂れこめて春の行方も知らぬ間に待ちし桜も移ろいにけり>藤原因香(よりか)古今集。

芭蕉以来、<行く春>の季題は俳句の玉手箱。
行く春を近江の人と惜しみける 芭蕉
行く春や選者をうらむ歌のぬし 蕪村
行く春やおもたき琵琶の抱きごころ 蕪村
行く春やほうほうとして蓬原  子規
行く春や雁木にのこる手毬唄 犀星

さて掲句 <長患いの姉連れて>は現代の重いテーマである。日本は世界の長寿国になった。現在2900万人の65歳以上の高齢者は20年後に3700万人に増えるといわれる。12700万人の人口が11500万人に減少するといわれているなか、元気老人ばかりではない。長患いの人も当然ふえるのである。作者の姉上は長く患われ介助されてきたのであろう。
でも掲句は<行く春>が長わずらいの姉を春風にのせて連れてゆくようにもみえる。現実は重いがこころはかろやか。仲の良い姉上ととも行く春を惜しんでいるともとれる。作者が<連れて>なのか、春が<連れて>なのか。多分、行く春が一句の主人公なのである。

秀句三選

入選七句

第25回  第26回  第27回  第28回  第29回  第30回  第31回